コラム9:入籍、婚姻、事実婚
2010.8 弁護士 大谷 直
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先日、婚姻費用分担調停の申立書を作成し、指導弁護士にチェックをお願いしたところ、「AとBは○○年○○日に『入籍』した」という記載を「AとBは○○年○○日に『婚姻』した」と訂正するよう指導された。婚姻費用の分担義務は、「婚姻」の効果であるところ、「婚姻」が成立するためには、婚姻の届出だけではなく婚姻意思も必要であるので、単に「入籍」との記載だけでは不十分であるというのがその趣旨である。
なるほど、確かに、単に入籍しただけでは法律上婚姻は成立しない。しかし、逆に「入籍」をしなくても婚姻意思を有し共同生活を営んでいれば(いわゆる事実婚や内縁関係)、婚姻関係(法律婚)に準じるものとして、実務上、権利と義務が認められているのであるから「婚姻した。」としなくても「婚姻意思を有し共同生活を営み始めた。」とすればいいじゃないかと内心、負け惜しみを言ってみた。
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それはさておき、私事ではあるが、私も昨年末にパートナーと入籍をした。パートナーとの入籍を考える際、私たちの周りにも事実婚を選択するカップルが数組いたことや私が籍を入れるかどうかということにこだわりを有していなかったこともあって、事実婚っていう形もあるよね、といった話をパートナーとした覚えがある。結局、あえて事実婚という選択をするだけの動機付けもなく、むしろパートナーがこれから仕事をしていくに当たって同姓でやっていきたいといってくれたことから、入籍することになったのだが、もし事実婚という選択をしていたら、法的にはどのような違いが生じていたのだろうか。
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まず、事実婚であっても、その実質を重視して婚姻に準じるものとして認められている権利、義務がある。具体的には、以下のようなものがある。
民法上の同居協力扶助義務(民法752条)、貞操義務(違反すれば民法709条の不法行為となる)、婚姻費用分担義務(民法760条)、日常家事債務の連帯責任(民法761条)財産分与(民法768条)は、事実婚でも認められるとされる。
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また、各種法律の中では明文で「婚姻」には「婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある場合を含む」旨、あるいは「配偶者」について「婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む」旨などの規定がされ、「事実婚」を婚姻に準ずるものとして、その権利と義務が認められている(例えば、DV防止法1条3項、児童虐待防止法2条4号、介護保険法131条、育児・介護休業法2条4号、健康保険法3条7項3号、厚生年金保険法3条2項、児童扶養手当法3条3項、労基法72条・労基則42条、労災保険法16条の2等、公営住宅法23条1号)。そのため、年金や健康保険、遺族補償などの制度では、事実婚であっても法律婚と同様の権利を有することになる。
なお、法的な権利ではないが、近時、携帯電話会社、航空会社、JAFやスポーツクラブ等の民間においても家族会員と同様のサービス(割引等)を受けられるようになっているし、企業によっては事実婚でも家族手当てなどを支給するところもあるようである。
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これに対して、依然、事実婚には認められない権利、すなわち、婚姻の届出(入籍)をしなければ、認められない権利がある。
すなわち、民法上では、夫婦共同親権(民法818条)、夫婦同氏(民法750条)、婚姻による成年擬制(民法753条)、夫婦間の契約の取消(民法754条)、子の嫡出推定(民法772条)、配偶者としての法定相続(民法890条)は、事実婚では認められないとされている。
また、所得税法や住民税法上の扶養控除、配偶者控除や配偶者特別控除、医療費控除、贈与税法上の配偶者控除も認められない。
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以上のようにみてみると、入籍をしない事実婚であっても、婚姻(法律婚)と同様、法的に認められる権利は意外にも多いことに気づかされる。これは婚姻の本質が、婚姻の届出ではなく、婚姻意思にあることの現れであろう。
同時に、相続、子ども、税金関係の一部で、事実婚には認められていない権利があることに気づかされる。
法的なメリット、デメリットにより入籍をするか否かの選択を迫られること自体おかしなことだと思うが、仮に事実婚を選択するのであればその選択によってもたらされる法的なデメリットは十分認識しておきたい。
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もっとも、近時、事実婚に関する法制度について大きな2つの動きがあるので付言しておく。
1つは、昨年の9月の衆院選で民主党が政権を取り選択的夫婦別姓制度の導入を柱とする「民法の一部を改正する法律案」が国会を通る機運が高まってきたということである。事実婚を選択する理由の多くは夫婦別姓を通すためというものであるという。私のパートナーも仕事を始める前であったとはいえ、婚姻に伴う姓の変更に伴う各種手続の煩雑さに不満を漏らしていた。選択的夫婦別姓制度の導入を柱とする「民法の一部を改正する法律案」は、1998年以来、野党共同で衆参両院に提出してきたが、昨年9月の衆院選の大勝で民主党が政権を取った後は、選択的夫婦別姓の法案が国会を通るのではという機運が高まった。実際、昨年9月に就任した千葉景子法相は96年の法制審議会の答申に沿って、非嫡出子の相続格差の民法規定の撤廃や選択的夫婦別姓制度の導入を目指すと明言し、法務省は選択的夫婦別姓を盛り込んだ民法改正案の概要を本年2月19日政策会議で与党議員に提示、通常国会で改正案提出するための準備を進めていた。しかしながら、民主党内においても夫婦別姓への反対が根強く調整がつかず現在も提出は見送られている。
もう1つは、非嫡出子の相続格差に関する判例変更の可能性が出てきたということである。非嫡出子の相続分を、嫡出子の二分の一とする民法の規定が、法の下の平等を定めた憲法に違反するかが争われた遺産分割審判の特別抗告審で、最高裁第3小法廷が本年7月7日付で審理を大法廷に回付したことで判例変更の可能性が出てきた。同じ争点について1995年の最高裁大法廷決定では10対5で合憲という判断が下されたが、当時とは裁判官は全て入れ替わっており、15年間という月日の経過により社会情勢も大きく変わっていることから、判例変更の可能性も十分ありうるのではないかと思われる。
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最後に、自身が結婚という大きな節目を経験し、結婚や家庭について考える機会が増えた。上記法制度については様々な意見があり、私自身もそれら個々の意見について思うところはある。ただ、ここでは紙面の関係上、一点だけ。結婚や家庭の在り方というのは、国民一人一人が決めるべきことであり、国によりその在り方を強制されるべきものではないと思う。