コラム57:袴田事件の一日も早い再審開始を
2017.9.29 弁護士 大出 良知
死刑確定囚だった袴田巌氏の再審請求が認められ、即日釈放されるという劇的な事態が起きてから、既に3年半近くが過ぎようとしています。検察官が、開始決定に不服を申し立てたため、開始決定は宙ぶらりんのまま、東京高裁で再審開始決定の是非についての審理が行われています。その中心的争点が、開始決定が依拠したDNA鑑定の是非ではないかといわれています。当該鑑定の鑑定方法に疑問があるというのです。
このところ、DNA鑑定は、科学的に白黒決着をつけられる方法ということで、冤罪救済の救世主のようにもいわれてきました。しかし、少し前には、足利事件で有罪の根拠になったDNA鑑定に問題があったことが明らかになり、再審で無罪になりました。もっとも、足利事件は、1990年代初頭の事ですし、それからDNA鑑定は、長足の進歩を遂げたともいわれています。とはいえ、いくら科学的だといっても、所詮人間が介在する鑑定ですから絶対ということはない、ともいえそうです。
しかし、そこで重要なのは、刑事裁判で求められている証明の程度との関係です。刑事裁判には、「疑わしいときには被告人の利益に」という鉄則があります。有罪にするためには、犯人であることが確実であるという証明が求められますが、有罪にすることに「合理的疑い」が残れば無罪です。裁判員裁判がはじまってからは、裁判員の人たちにもわかりやすいように次のように説明されることが多いようです。「それぞれの常識に従って、有罪にすることに疑問が残っている場合には無罪です。」つまり、検察官が有罪であることを確実に証明できなければ無罪で、被告人が無罪を証明することは求められていません。ですから、DNA鑑定も、有罪にするためには確実なものでなければなりませんが、その方法などに異論があってもその結果を絶対的に否定できないのであれば、有罪を否定する疑問としては充分だということにもなります。
つまり、DNA鑑定も結局は使い方次第ということでしょうし、袴田事件の疑問は、そのDNA鑑定の結果にとどまるものではありませんでした。開始決定が指摘した支援グループが行った犯行着衣とされた衣類の味噌漬け実験の結果も重要です。その変色具合が、検察官が主張するように1年間味噌の中に漬けられていたとは常識的には到底考えられないのです。それにそもそも裁判がはじまって1年もたってから、なぜその犯行着衣とされた衣類が突然出てきたのか。それらの着衣は、本当に袴田氏のものだったのか。当初、「血染め」とまでいわれた別の犯行着衣のパジャマは、何だったのか。死刑を言い渡した一審の裁判所が、45通の自白調書のうち、44通が違法な取調べによって獲得されたものだとして排除していることを無視していいのか等々、枚挙に暇がありません。所詮、DNA鑑定も、それらの多くの疑問と同樣の扱いを受けるべきものです。それが、前述した「疑わしいときは被告人の利益に」という鉄則に従うということになるでしょうし、裁判員裁判開始後、この鉄則の意味があらためて具体的に検証されることになっている裁判実務の流れにも沿うことになるでしょう。袴田事件の一日も早い再審開始決定の確定を願いたいものです。