少年犯罪激減の中での厳罰化進行
1.いつかもどこかに書いたような気がするけど、少年の犯罪の減少は今も止まりません。
一番新しい司法統計年報では2020年の少年犯罪の数は全国で5万1485件で、1990年が50万2757件ですから30年で実に10分の1に激減したことになります(最高裁判所2021年版データブック)。その減り方も、まさに坂落としの一本調子で年による波はほとんどありません。しかもこの傾向は1950年をピークにずっと続いています。
2.いまは支部などを除いては任官して5年経った裁判官にしか少年事件を取扱わせません。5年経たなければ(特例判事補)刑事事件もひとりで扱うことができないのですから、当然のことです。
しかし、むかし、私は裁判官になった1年目から少年係で25歳になったばっかりなのに少年事件専門でやりました。少年犯罪が多くて、5年経たないとダメ、なんて言っていられなくて裁判官1年生のペーペーでもやらせるほかなかったのです。
同じことが刑事事件でもあって、強盗罪は5年以上の刑で法定合議事件のはずなのに、例外として単独事件とされています(裁判所法§26.Ⅱ.2)。強盗事件が多すぎて一々(というのはヘンだけど)合議法廷でやっていられなかったからです。
ペーペーのくせに、と言われないように父か母ほど年上の調査官から「私がきぶい(厳しすぎる?)と思うとりやしませんか」などと面と向かって詰問されては説得に努め、機会を見つけては全国至るところの少年院や少年刑務所を見てまわったりしました。あるとき少女の少年院(少しヘンですか)で案内してくれた法務教官が大学の先輩とわかり意気投合したこともありました。この人は後に日本の矯正部門の最高位である関東矯正管区の管区長になりました。
3.少年事件がこれだけ減って来たのは、戦後の混乱が収まって世の中が落ち着いて来たというのが底流にありますが、少年非行を社会全体の課題としてとらえて社会福祉の観点で位置づけ、少年を懲罰の対象にするのではなくて、保護の対象として少年の立ち直りを助けるということで一貫した少年法と少年審判の姿勢が与って力があったでしょう。少年事件への対応の法的枠組みは刑事政策としても成功したと思います。
「少年の凶暴化」の大宣伝をよそに凶悪犯罪が減りつづけているのについても同じことが言えます。たとえば、少年の殺人は1951年の448件を最高に減りつづけ1980年には49件、やはり30年で10分の1です。その後もそれから増えません(2021年警察白書)。
4.ところが、少年の取扱いについて、もっと厳しくしようという現実から逆行する動きがこのところ出て来ています。
きっかけは、少年の年齢引下げでした。少年の年齢を20歳から18歳に引下げるのに合わせて少年法の適用を17歳までにして18歳、19歳の犯罪には刑事罰の対象にしようという企てが各界の反対の中、実行に移されるところでした。これは最終段階で公明党の異論から与党内がまとまらず実現しませんでしたが、代わって実現してしまったのが今年2022年4月からの「特定少年」という奇妙なネーミングのしくみです。実現した内容はいくつかありますが、次の3つを挙げます。
第1に、逆送事件の範囲が広がりました。
これまで逆送は16歳以上で故意に人を死なせた場合だったのが、18歳以上(特定少年)の場合は1年以上の刑にあたる(法定合議)事件はすべて検察官に送り返さなければならないことになりました。
第2に、保護処分の種類と内容が特定少年については別に定められ、家庭裁判所はそれを「犯情の軽重を考慮して」決定しなければならないことになりました。つまり、少年の要保護性を考慮して処分を決めるという少年法の原則とは別に犯罪の事情、態様を考慮することを要求することとしたのです。
第3に、実名と写真の公表が自由となりました。
特定少年については起訴された時から「氏名、年齢、職業、住居、容貌などで本人とわかるような記事や写真」の掲載を禁止する規定(少年法§61)が適用されません。
もう、いくつかの事件で犯人とされる少年の名前や写真が新聞や雑誌に出ています。
5.少年犯罪がこのように激減し、凶悪犯罪も減り少年審判制度の法的な枠組みの成功がこれほど明確に示されているのに、このような逆行現象、敢えて時代錯誤と言いたいと思いますが、このような施策がまかり通るにはつぎの2つの事情があり、それが絡み合って、実は見逃すことのできない憂慮すべき事態をはらんでいると思います。
1つには、いまに始まったことでない法務・検察の権限拡張と自分の領土拡張の欲求です。
「逆送」は少年の処遇を家庭裁判所の手から自分(検察官)の手中に取り込んで自由にするということですが、これを定めた少年法§20には、もともと2項はありませんでした。「16歳以上の故意による死亡事件の原則逆送」は検察・法務の要求で2000年に付け加えられたもので、これを今度、もっとひろげたというわけです。
少年年齢の引下げをチャンスに18歳、19歳全部を自分の領分に取り込む企てには失敗したものの「転んででもタダでは起きぬ」とばかりに時代逆行に成功したというものです。
2つには、このような検察・法務の企てを容認し、後押しするような現代政治の保守化と警察国家への志向とがあります。
それには、それに引きつけられていく大衆社会現象があることも見逃せません。少年犯罪が激減している(きょうは触れませんでしたが日本の犯罪全体も大幅に減っています)というと、だれもがウソ!?と言いそうな新聞、テレビの犯罪報道の氾濫はどうでしょう。犯罪はこわい、でも犯罪は見たい、その大衆の心理につけ入った、一つ犯罪があれば1週間でも10日でもメディアでそれをたれ流し、興味をあおり、その延長に名前を流す写真を流すという少年の福祉の上からは許されないようなことが、世間からは何の抵抗も受けないで実行に移されます。
そうした流れは、人命と生活の安心・安全と治安の維持というスローガンの下での市民の生活と行動の自由の統制に、社会全体の警察国家的な編成に、道を開くのに絶好な土台作りです。
これがいまの日本の政治が市民の自由と人権を擁護するのと反対の方向に動いていることを示す一つのあらわれであることに注目しましょう。