映画「東京クルド」が私たちに投げかけるもの
2021年、出入国管理及び難民認定法(入管法)の改正案が国会に出されました。
現行法では、人種、宗教、国籍、特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由として迫害を受けるおそれがある場合に、故郷を追われて来日した外国人は難民申請を何度でも繰り返すことができます。しかし、改正案では、3回目の難民申請が却下されれば、生命の危険のある祖国へ強制送還することができるというものでした。この改正案は、今年5月、出入国在留管理局(入管)収容者に対する非人道的行為や収容環境を問題視する声が強まり、廃案となりました。
現在、日本は、難民条約を批准しているにもかかわらず、難民の認定率は1%にも届きません(2016年0.29%、2017年0.16%、2018年0.25%、2019年0.40%、2020年0.53%)。日本における難民認定は針に糸を通すよりも難しいのが現状です。
今年7月、日本の難民認定の実態を鮮明に描いたドキュメンタリー映画「東京クルド」が公開されました。この映画は、故郷トルコで迫害されるため日本へ幼い時に逃れてきたクルド人の置かれた状況を描いています。しかし、日本で生きるクルド人難民は、難民として保護されていないので、就労もできず、健康保険も加入できず、生活保護も受けられず、日々の生活もままならない中、生きなければならない状況にあります。映画の主人公の青年オザンさんとラマザンさんの二人も同じく、収容されるかもしれない不安を感じながら、日々暮らしています。
~ 映画「東京クルド」ストーリー ~
故郷での迫害を逃れ、小学生のころに日本へやってきたオザン(18歳)とラマザン(19歳)は難民申請を続けるトルコ国籍のクルド人。入管の収容をいったん解除される「仮放免許可書」を持つものの、立場は“非正規滞在者”だ。いつ収容されるか分からない不安を常に感じながら夢を抱き、将来を思い描く。しかし、住民票もなく、自由に移動することも、働くこともできない。また社会の無理解によって教育の機会からも遠ざけられている。東京入管で事件が起きた。長期収容されていたラマザンの叔父メメット(38歳)が極度の体調不調を訴えたが、入管は家族らが呼んだ救急車を2度にわたり拒否。彼が病院に搬送されたのは30時間後のことだった。在留資格を求める声に、ある入管職員が嘲笑交じりに吐き捨てた。“帰ればいいんだよ。他の国に行ってよ”
「東京クルド」パンフレットより引用
2021年3月にスリランカ人女性、ウィシュマ・サンダマリさんが名古屋入管に収容中に亡くなったことは記憶に新しいものです。入管の対応のひどさに憤りすら覚えるこの事件ですが、映画のオザンさんとラマザンさん、メメットさんが受けている入管の対応もあまりにもひどく、言葉を失ってしまいます。
ひとは生きるためには、仕事をしてお金を得なければなりません。しかし、非正規滞在者の彼らは就労することも認められていません。生きるためにどうしたらいいのか、それに対する入管職員の回答はこうです。
「それは、私たちはどうすることもできないよ。あなたたちでどうにかして」
現在開催中の東京オリンピック2020は、「ダイバーシティ&インクルージョン」(多様性を受け入れる)を大会ビジョンのひとつにしています。大会公式サイトでは、「年齢、人種や国籍、心身機能、性別、性的指向、性自認、宗教・信条や価値観だけでなく、キャリアや経験、働き方、企業文化、ライフスタイルなど」「多様な人々が互いに影響し合い、異なる価値観や能力を活かし合うからこそイノベーションを生み出し、価値創造につなげることができます。「ちがいを知り、ちがいを示す」、つまり、互いを理解し、多様性を尊重するからこそ、個々の人材が力を発揮できる。それが、私たちの実現していく東京2020大会の姿です。」と記してあります。
一方で多様性を尊重することを銘打ちながら、他方で多様性を否定し、排他的な姿勢を示す国、それが日本の現状です。日本社会が多様な価値観を許容し、相互に尊重しあう社会になるためにも、「東京クルド」は私たちに何ができるかを投げかけています。
入管法改正案は、廃案となりました。しかし、オザンさん、ラマザンさんやメメットさんの置かれているあまりにも過酷な状況は何ら変わりません。
この現実から目を背けずに、多くの人にまずはこの映画を見ていただきたいと思います。
■公開情報
「東京クルド」(監督:日向史有、2021年 日本 103分)
シアター・イメージフォーラム(渋谷)で2021年7月10日より公開中
■ドキュメンタリー映画「東京クルド」公式サイト (https://tokyokurds.jp/)